「目標がその日その日を支配する」横浜高校・渡辺元智監督が遺した言葉

夏になると、毎年のように甲子園で新しいドラマが生まれます。

勝って喜ぶ選手がいれば、負けて涙を流す選手もいる。

その一球、その一打のために、何年もの時間を費やしてきた高校球児たちの姿に、心を動かされる人も多いのではないでしょうか。

そんな夏の甲子園が行われていた2026年8月17日、高校野球界を代表する名将の訃報が伝えられました。

横浜高校野球部の元監督、渡辺元智さん。

81歳でした。

渡辺さんは横浜高校を率い、春夏合わせて5度の甲子園優勝。

甲子園通算51勝を挙げ、松坂大輔さんをはじめ、数多くの選手を育ててきました。

1998年には春のセンバツと夏の甲子園を制覇。

さらに国体、明治神宮大会も制し、「四冠」を達成しました。

華々しい実績を残した名将です。

しかし、渡辺さんが選手たちに遺したものは、勝利や野球の技術だけではありませんでした。

高校を卒業し、プロへ進み、何年、何十年という時間が経っても、教え子たちの中に残り続けている言葉があります。

「目標がその日その日を支配する」

渡辺さんが大切にし、選手たちにも伝え続けた言葉です。

実は、この言葉を生み出したのは渡辺さんではありません。

社会教育家・後藤静香の「第一歩」という詩に登場する言葉です。

渡辺さんは高校時代、学校の朝礼でこの詩を聞き、強く心を動かされたと振り返っています。

そこには、

「三笠山に登る第一歩」と「富士山に登る第一歩」

というたとえが登場します。

目の前だけを見れば、どちらも同じ一歩です。

しかし、目指している場所は違います。

どこまで行くつもりなのか。

どこまで登るつもりなのか。

それによって、今日踏み出す一歩に込める覚悟も変わってくる。

渡辺さんは、この考え方を自らの座右の銘とし、長い指導者人生の中で選手たちにも伝え続けました。

渡辺元智さんも、最初から「名将」だったわけではない

この言葉について調べていて、私はとても興味深いことを知りました。

渡辺さん自身の指導者人生にも、

「目標がその日その日を支配する」

という言葉が重なるのです。

監督になった当初、渡辺さんは全国優勝を目標に掲げていました。

技術にも体力にも自信があった。

そして、

「俺についてこい」

という根性野球で選手たちを引っ張ったといいます。

ところが、あと一歩のところで勝ち切れない。

なぜなのか。

渡辺さんは考えました。

そして、自分たちに足りないものは技術でも体力でもなく、

「忍耐力」

なのではないかと考えるようになります。

そこから、指導のあり方を変えていきました。

ただ「全国優勝する」と叫ぶだけではない。

目標を立てる。

そこへ向かうための計画をつくる。

そして、焦らず一歩ずつ進んでいく。

その積み重ねの先に、横浜高校の黄金時代がありました。

1998年には春夏の甲子園連覇を含む四冠。

年間公式戦44連勝。

渡辺さんは選手たちに言葉を教えただけではありません。

自分自身も、目標へ向かって一歩ずつ進み続けた指導者だったのです。

同じ一歩でも、目指す場所によって意味が変わる

「三笠山に登る第一歩」と「富士山に登る第一歩」。

私は、このたとえがとても面白いと思います。

一歩だけを切り取れば、どちらも同じ一歩です。

野球でいえば、一回の素振り。

一球のキャッチボール。

一周のランニング。

それだけを見れば、ごく小さな行動です。

けれど、

「何となく練習する人」の一回と、

「甲子園で日本一になる」と決めた人の一回では、

同じ一回でも、そこに込める意味は少し違うのではないでしょうか。

これは、私たちの日常にも当てはまります。

目の前にある資料をつくる。

一通のメールを書く。

一冊の本を読む。

誰かと話す。

どれも、それだけを見れば何気ない行動です。

でも、

「自分はどこへ行こうとしているのか」

が決まっていれば、その一つひとつの意味も変わってきます。

目標とは、遠い未来に置いて眺めるだけのものではない。

今日の行動を決めるためにあるもの。

そう考えると、

「目標がその日その日を支配する」

という言葉の意味が、少し違って見えてきます。

何十年経っても、教え子の中に残っている

そして、この言葉のすごさを感じるのが、渡辺さんのもとを離れた選手たちの姿です。

横浜高校からプロ野球へ進んだ筒香嘉智選手は、渡辺さんたちから教わったことについて、

一日一日、しっかりと目標を立てて練習するという考え方が、その後も自分の中に生きていると振り返っています。

松坂大輔さんもまた、

「目標がその日その日を支配する」

という教えを大切にしてきました。

高校を卒業すれば、監督の指導からは離れます。

プロへ行けば、環境も変わります。

それでも、言葉は残る。

10年、20年と経っても、その人の判断や行動の中に生き続ける。

もしかすると、

人を育てるということは、自分がいなくなった後にも残るものを渡すことなのかもしれません。

渡辺さんが遺したものの大きさは、甲子園の勝利数だけでは測れないように思います。

自分は、どの山に登ろうとしているのか

私たちは、つい目の前のことに追われます。

今日の仕事。

今日の予定。

今日やらなければならないこと。

気づけば、それをこなすだけで一日が終わってしまうこともあります。

そんなとき、一度だけ考えてみてもいいのかもしれません。

自分は、どの山に登ろうとしているのだろう。

仕事でこうなりたい。

こんな生活をしたい。

こんな人でありたい。

目指す場所は、人によって違います。

大切なのは、その山が高いか低いかではなく、

「自分はここへ行きたい」と、自分なりの行き先が見えていること。

行き先が見えてくれば、今日の一歩も少しずつ見えてきます。

反対に、行き先が分からなければ、どちらへ一歩を踏み出せばいいのかも分かりません。

だから大切なのは、

ただ「今日も頑張ろう」と思うことではなく、

どこへ向かうために、今日を使うのか。

そこまで考えてみることなのではないでしょうか。

三笠山に登る第一歩。

富士山に登る第一歩。

どちらの山を目指すかは、人それぞれです。

ただ、目指す山が違えば、そこへたどり着くために必要な準備も、歩き方も変わります。

大切なのは、自分が登りたい山を決め、その山へ向かう一歩を今日から踏み出すこと。

「目標がその日その日を支配する」

渡辺元智さんが大切にし、多くの教え子たちへ伝え続けたこの言葉。

明日の一歩を考える前に、

「自分は、どの山に登ろうとしているのか」

そんな問いを、自分自身に投げかけてみたくなります。

渡辺元智さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

以上

「一流の思考ラボ」編集長でした。


参考資料・出典


あわせて読みたい

▶坂本花織に学ぶ、一流を支えた「継続する力」

▶「忙しいからできない」は本当? 手塚治虫先生から考える「時間」の使い方