創業資金7,000万円。
メンバーは7人。
役職も決まりました。
そして開かれたのが、「第一回 偉人株式会社経営会議」です。
劉邦が6人を見渡します。
「では、始めよう」
全員の視線が集まりました。
CEO(最高経営責任者)の劉邦。
COO(最高執行責任者)の徳川家康。
CSO(最高戦略責任者)の諸葛亮。
営業責任者の豊臣秀吉。
事業開発・提携責任者の坂本龍馬。
商品開発・研究開発・品質管理責任者のガリレオ・ガリレイ。
そして、CMO(最高マーケティング責任者)のクレオパトラ。
世界を代表する会社をつくるために集められた7人です。
しばらくして、劉邦が口を開きました。
「ところで、ここは何を売る会社なんだ?」
誰も答えません。
会社はできた。
資金もある。
役割も決まった。
でも、売るものがない。
こうして偉人株式会社、最初の商品開発会議が始まりました。
世界を変えるなら、何を作る?
最初に口を開いたのは、ガリレオでした。
「どうせ作るなら、まだ誰も見たことのないものがいい」
研究者らしい意見です。
秀吉は少し違いました。
「面白いだけでは駄目だ。売れなければ会社は続かない」
龍馬も続きます。
「せっかくこの7人でやるんじゃ。世界中に広がるものを考えたいのう」
技術。
売れるかどうか。
世界に広がる可能性。
次々と意見が出てきます。
そのとき、クレオパトラが口を開きました。
「何を作るかも大事。でも、その前に考えることがあるんじゃない?」
劉邦が聞きます。
「何だ?」
「その商品で、私たちは世の中をどう変えたいのか。どう役に立ちたいのか、でしょ?」
会議室が静かになりました。
何を作るか。
その答えを探していた7人が、初めて別の方向を見ます。
自分たちは、世の中に何を提供できるのか。
7人に共通しているもの
「では、この7人だからこそできることを考えてみよう」
諸葛亮の言葉に、全員が自分たちの人生を振り返ります。
国をつくった者。
天下を治めた者。
戦略を考えた者。
新しい時代をつなごうとした者。
科学の常識を変えた者。
一国を背負って外交を続けた者。
こうして並べてみると、ずいぶん華々しい顔ぶれです。
ところが、話を続けているうちに妙なことに気づきました。
出てくるのは、成功した話ばかりではありません。
むしろ、それぞれが語り始めたのは、思い通りにならなかった経験でした。
徳川家康は、三方ヶ原の戦いで大敗した経験を。
劉邦は、項羽との戦いで何度も敗れた経験を。
諸葛亮は、魏への北伐を繰り返しながらも、大きな目標を成し遂げられなかった経験を。
ガリレオは、仮説を立て、観察や実験で確かめながら、思い通りにならなければまた考え直してきた経験を。
話題になるのは、不思議なくらい**「うまくいかなかったこと」**ばかりです。
確かに、成功だけを積み重ねて歴史に名を残した人間など、ここにはいません。
劉邦が笑いました。
「成功した人間を集めたつもりだったんだがな」
そして6人を見渡します。
「さっきから失敗した話ばかりじゃないか」
秀吉も笑いました。
しかし、家康は静かに言いました。
「だからこそ、今があるのではないでしょうか」
失敗には価値がある。でも――
確かに、失敗から学べることはあります。
負けたから、次の戦い方を変える。
判断を誤ったから、次は慎重になる。
思い通りにならなかったから、別の方法を探す。
けれど、龍馬が言いました。
「失敗せえ言われても、簡単な話じゃないぜよ」
その通りです。
失敗には、代償があります。
会社を経営していれば、大きなお金を失うこともある。
信用を失うこともある。
一度の判断で、取り返しがつかなくなることだってある。
人生でも同じです。
失敗からは学べる。
でも、大きな失敗ほど簡単には経験できない。
しばらく沈黙が続きました。
そこでガリレオが言いました。
「なら――」
全員が彼を見ます。
「現実で失敗する前に、一度失敗を経験できる装置を作るのはどうだ?」
「失敗」を作る装置
秀吉がすぐに反応しました。
「失敗するための装置を、わざわざ作るのか?!」
「そうだ」
ガリレオは続けます。
「ただし、誰にでも同じ失敗をさせるわけじゃない」
人によって、考え方は違います。
得意なことも違う。
苦手なことも違う。
決断が早すぎる人もいれば、考えすぎて動けない人もいる。
他人を信じすぎる人もいれば、誰にも任せられない人もいる。
ならば、その人だからこそ起こしやすい失敗を作ればいい。
クレオパトラが尋ねます。
「それを使う人は、何をしたらいいの?」
ガリレオは少し考えました。
そして、こう言います。
「必要なのは、本人に弱点を聞くことではない。それを見つけることこそ、この装置の役割だ」
「例えば、質問は一つだけ」
ガリレオは、紙に一文を書きました。
「あなたは今、何を目指していますか?」
「世界で活躍する経営者になりたい、と答える人もいるだろう」
「好きな仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい、という人もいる」
「スポーツで頂点に立ちたい、という人もいるだろう」
秀吉が首をかしげます。
「それだけで、その人の失敗が分かるのか?」
「いや。だから、その人自身を調べる」
ガリレオは続けます。
「その人が目指している未来。それに、その人自身の思考、能力、判断の傾向」
そして、こう付け加えました。
「この時代で流行っている“AIとやら”を駆使して、それらを瞬時に解析する装置を作る」
「そして、その人が目標へ向かう途中で、陥りやすい失敗を作り出す」
例えば、決断力はあるが、人の意見を聞くのが苦手な経営者なら。
会社が成長した先で、独断によって組織が崩れていく経験をするかもしれません。
逆に、慎重で分析力は高いが、なかなか決断できない人なら。
迷っているうちに、競合に市場を奪われる経験になるかもしれません。
同じ「世界で活躍する経営者になりたい」という目標でも、
経験する失敗は、一人ひとり違う。
ガリレオは、自分で話しているうちにますます興味が湧いてきたようです。
そして少し楽しそうに、独り言をつぶやきました。
「Molto interessante.(実に面白い)」
失敗をなくすための装置ではない
ここで家康が尋ねました。
「しかし、それで失敗を避けられるのでしょうか」
ガリレオは首を横に振ります。
「いや。それは本人次第だ」
この装置が未来を予言するわけではありません。
成功する方法を教えてくれるわけでもありません。
ただ、
「今のあなたなら、ここで転ぶかもしれない」
その可能性を、現実より先に経験させる。
装置の中なら、会社は潰れません。
お金も失いません。
大切な試合にも、本当に負けるわけではありません。
人生を壊すこともありません。
でも、自分が何を考え、どう判断し、その結果何が起きたのかは、経験として残る。
その経験をどう生かすのか。
次にどう行動するのか。
それを決めるのは、機械ではありません。
失敗をなくすのではない。
現実で大きく転ぶ前に、一度転んでおく。
そんな装置です。
偉人株式会社だから作れるもの
ここで諸葛亮が言いました。
「一つ、使えるものがある」
「何だ?」
「我々の失敗だ」
劉邦が少し笑います。
「また失敗か」
「我々だけではない。歴史には、人間が繰り返してきた無数の失敗が残っている」
諸葛亮は続けます。
「それらもAIに学ばせればいい」
なぜ判断を誤ったのか。
何を見落としたのか。
その結果、何が起きたのか。
歴史上の人間が残した失敗を、次の人間の経験に変える。
ガリレオがうなずきました。
「使えそうだ」
劉邦が立ち上がります。
「よし」
全員がCEOを見ます。
「偉人株式会社の最初の商品は、これでいこう」
その人が目指す未来と、思考・能力・判断の傾向を解析する。
そして、その人が陥りやすい失敗を、現実より先に経験させる。
その名も――
「失敗製造機(仮)」
こうして、偉人株式会社の第一号商品案が決まりました。
……と思った、そのときです。
「待って」
クレオパトラでした。
「まだ何かあるのか?」
劉邦が眉をひそめます。
クレオパトラは、出来上がったばかりの商品案を見ながら言いました。
「私たちが良いと思うことと、世の中が欲しいと思うことは、同じなの?」
誰も答えませんでした。
商品案は決まりました。
しかし、まだこれは7人が「面白い」と思っただけのアイデアです。
本当に必要としている人はいるのか。
いるとすれば、それは誰なのか。
偉人株式会社には、まだ確かめなければならないことがあります。
次回――
歴史上の偉人だけで会社を作ったら ~マーケティング編~
「失敗製造機」は、本当に世の中から必要とされているのか。
偉人株式会社、次は市場調査へ向かいます。
※本記事は、歴史上の人物の史実・人物像をもとにした思考実験です。記事内の役職・会話・経営判断・商品などは、実際の史実ではなく本記事独自の創作・考察です。
参考・出典
- 浜松市「家康公を学ぶ 家康公の略年表」
- 浜松市「人生最大の負け戦―三方ヶ原の戦い―」
- Encyclopaedia Britannica「Gaozu」
- Encyclopaedia Britannica「Zhuge Liang」
- Encyclopaedia Britannica「Galileo」
- 国立国会図書館「坂本竜馬|近代日本人の肖像」
