前回までの偉人株式会社
歴史上の偉人7人が、それぞれ1,000万円を出資して生まれた「偉人株式会社」。
最初の商品として考えたのが、
「失敗製造機(仮)」
その人が現実で失敗する前に、AIが作った仮想世界で失敗を経験する。
そんな商品です。
しかし、クレオパトラが市場調査をしてみると、思わぬことが分かりました。
「失敗を経験したい」という人は、ほとんどいない。
一方で、
「何かに挑戦するとき、自分がどこでつまずきやすいのか、挑戦する前に知りたい」
という人はいる。
さらに企業からは、
「社員を成長させたい」
というニーズも見えてきました。
そこで偉人株式会社は、最初に狙う市場を企業向けの人材育成・研修に決定。
しかし、似た考え方のVR研修は、すでに市場に存在していました。
では、自分たちが作ろうとしているものは、何が違うのか。
その問いから、7人は商品の目的そのものを考え直します。
「この機械は、人を失敗させるために作るんじゃない。」
「その人が持っている力を、もっと引き出すために作るのよ。」
失敗は目的ではない。
人を成長させるための手段。
では、そのためには――。
どんな「失敗」を、どうやって経験させればいいのでしょうか。
偉人株式会社の7人
今回の中心人物:クレオパトラ|CMO(最高マーケティング責任者)
顧客が何を求めているのかを考え、商品の価値をどう届けるかを設計する。
今回の中心人物:諸葛亮|CSO(最高戦略責任者)
市場や競争を分析し、会社がどこでどう戦うかを考える。
劉邦|CEO(最高経営責任者)
会社全体の方向を決め、最終判断をする。
徳川家康|COO(最高執行責任者)
決まった方針を実行に移し、会社を動かす。
豊臣秀吉|営業責任者
商品を売り、顧客を増やす。
坂本龍馬|事業開発・提携責任者
新しい事業を探し、社外の企業や人とつなぐ。
ガリレオ・ガリレイ|商品開発・研究開発(R&D)責任者
アイデアを形にし、技術や品質を検証する。
「では、どんな失敗を経験させるの?」
「失敗は、目的ではない」
諸葛亮が言いました。
「人を成長させるための、手段です。」
会議室が静かになりました。
失敗製造機を作る。
その考え自体は変わっていません。
しかし、
何のために作るのか。
そこが大きく変わりました。
クレオパトラは、市場調査で企業から集めた質問をもう一度画面に映しました。
「だったら、次はこれを考えないといけないわ」
ガリレオが画面を見ます。
「何だ?」
「その人の力を引き出すためには、どんな失敗を経験させればいいの?」
同じ営業職でも、失敗する理由は人によって違います。
判断が早すぎる人もいる。
慎重になりすぎて、決められない人もいる。
自分だけで問題を抱え込む人もいる。
周囲の意見に流される人もいる。
諸葛亮が言いました。
「前回、既存のVR研修との違いを考えましたね」
同じ状況を全員に経験させるのではない。
「その者が最も苦戦する戦場そのものを、一人ひとりに作る。」
クレオパトラがうなずきます。
「だったら、失敗製造機が作るのは――」
ガリレオが続けました。
「失敗する未来ではない。」
「その人の弱点が試される未来だ。」
選択肢を選ぶだけで、本当にその人が分かる?
クレオパトラは次の質問を映しました。
企業への市場調査で出てきた疑問です。
「実際には、どうやって失敗を体験するんですか?」
秀吉が言いました。
「それなら簡単だ」
全員が秀吉を見ます。
「例えば部下が問題を起こす」
秀吉は指を三本立てました。
「A、厳しく注意する」
「B、しばらく様子を見る」
「C、上司に相談する」
「選ばせればいい」
ガリレオが首を振りました。
「それでは駄目だ」
「なんでだ?」
「その三つを考えたのは誰だ?」
「……俺だな」
「ならば、それはお前の考えた範囲の中から選ばせているだけだ。」
クレオパトラも言いました。
「現実の仕事には、AもBもCも用意されていないわ」
誰に相談するのか。
何を伝えるのか。
何を言わないのか。
いつ動くのか。
あるいは、何もしないのか。
すべて本人が決めます。
諸葛亮が言いました。
「選択肢を選ばせるのではなく、本人に判断させる必要があります。」
そして、その判断に合わせてAIが仮想世界を変えていく。
部下への接し方を変えれば、その後の関係も変わる。
決断を先送りすれば、その間にも状況は動く。
顧客への説明を誤れば、信用を失うかもしれない。
逆に、思いもよらない方法で問題を解決する人もいるかもしれない。
つまり、
用意された物語を体験するのではない。
本人の判断によって、物語そのものが変わっていく。
ガリレオはホワイトボードに書きました。
「選ぶ」のではなく、「判断する」。
一人で使う商品でいいのか
クレオパトラは、また別の回答を取り出しました。
「こんな意見もあったわ」
「チーム研修にも使えませんか?」
今度は家康が反応しました。
「それは必要かもしれません」
「なぜ?」
「会社で起きる失敗は、一人だけで起きるとは限らないからです。」
例えば新規事業。
営業は、一刻も早く売りたい。
開発は、品質を守りたい。
経理は、予算を抑えたい。
責任者は、期限を守りたい。
それぞれが自分の仕事をしている。
それでも、全体として失敗することはあります。
龍馬が言いました。
「人と人の組み合わせで起きる失敗もあるということじゃな」
諸葛亮もうなずきました。
「個人では優秀でも、組織になった途端にうまくいかないことはある。」
「逆もあるわね」
クレオパトラが言います。
「一人では苦手なことがあっても、別の人が補えばうまくいくかもしれない」
それを聞いたガリレオが、ホワイトボードに新しい項目を書きました。
一人でも、複数人でも体験できる。
例えば5人の社員が、同じ仮想世界に入る。
一人が強引に決断する。
一人が反対意見を言えない。
一人が情報を抱え込む。
一人が責任を避ける。
そして一人が、それをまとめようとする。
その結果、プロジェクトはどうなるのか。
失敗製造機なら、
個人の弱点だけではなく、チームとして何が起こるのかまで体験できる。
クレオパトラは市場調査の資料に書き込みました。
「これは、企業にとって大きな価値になるかもしれないわね」
3年かかる失敗を、3年かけて経験する?
すると劉邦が言いました。
「でもさ」
全員が振り向きます。
「そんな失敗、何時間で起きるんだ?」
誰も答えませんでした。
劉邦は続けます。
「会社の失敗って、もっと時間がかかるだろ?」
確かにそうです。
新規事業を始める。
少しずつ売上が伸びる。
人を採用する。
組織が大きくなる。
小さな判断ミスが積み重なる。
そして数年後、大きな問題になる。
秀吉が言いました。
「3年かかる失敗を経験するために、3年研修するのか?」
龍馬が笑います。
「研修が終わる頃には転職しとるかもしれんのう」
クレオパトラも首を振りました。
「企業がそんな研修を買うとは思えないわ」
そこでガリレオが言いました。
「全部を経験する必要はない」
「どういうことだ?」
「重要な判断だけを残せばいい。」
例えば、3年間の新規事業。
毎日の仕事をすべて再現するのではありません。
最初の事業計画。
大口顧客との交渉。
最初の採用。
競合の参入。
資金不足。
チーム内の対立。
撤退か、継続か。
その人の判断が結果を大きく変える場面だけを経験する。
場面と場面の間は、AIが時間を進める。
そして、それまでの本人の判断を反映して、次の状況を作る。
諸葛亮が言いました。
「時間そのものを短くするのではない」
ガリレオがうなずきます。
「経験を圧縮する。」
数年の中で起こる出来事から、
その人にとって重要な判断だけを抜き出して経験させる。
秀吉がニヤリとしました。
「それなら、売り文句ができるぞ」
ホワイトボードに大きく書きます。
3年分の失敗を、1日で。
クレオパトラがその言葉を眺めました。
「……悪くないわね」
秀吉は満足そうに座りました。
失敗した瞬間に終わったら、何も分からない
今度は家康が口を開きました。
「もう一つ、気になります」
「何だ?」
「失敗したら、そこで体験は終わるのでしょうか。」
ガリレオが聞き返しました。
「終わってはいけないのか?」
「現実の失敗は、そこで終わるとは限りません」
売上が落ちた。
大切な顧客を失った。
部下が辞めた。
新商品が売れなかった。
それでも、会社は続きます。
謝る。
方針を変える。
誰かに助けを求める。
撤退する。
もう一度挑戦する。
失敗したあとに、何をするのか。
そこにも、その人の判断は現れます。
諸葛亮が言いました。
「むしろ、そこに重要な情報があるかもしれません。」
失敗した途端に焦って、さらに悪い判断をする人。
早く間違いを認めて、方向転換できる人。
自分だけで抱え込む人。
周囲に助けを求められる人。
同じ失敗をしても、その後は違う。
ガリレオはホワイトボードに書き加えました。
失敗しても、立て直せる限り体験は続く。
劉邦が言いました。
「そっちの方がいいな」
「なぜだ?」
「失敗しない人間なんていないだろ。」
「大事なのは、そのあとじゃないのか?」
誰も反論しませんでした。
「AIが作った未来」は、本当に自分の未来なのか
クレオパトラは、最後にもう一つ質問を映しました。
「AIが作った失敗は、本当にその人の未来なんですか?」
これは重要な質問でした。
もし失敗製造機が、
「あなたは将来こうなります」
と断定する商品なら。
それを信じて人生の選択を変える人も出てくるかもしれない。
諸葛亮が言いました。
「未来を当てることを、商品の価値にしてはいけません」
ガリレオもうなずきます。
「これは、未来予測装置ではない。」
本人が目指しているもの。
現在の仕事やスキル。
これまでの経験。
そして仮想世界の中で見せる判断や行動。
さらに、人間が過去に積み重ねてきた数え切れない失敗。
AIはそれらを材料に、
その人の弱点が現れやすい状況を作る。
諸葛亮が言いました。
「AIが作るのは、『失敗する未来』ではありません。」
「『あなたの弱点が試される未来』です。」
そこでどうするかは、本人が決めます。
AIが想定した失敗を回避するかもしれない。
途中で誰かに助けを求めるかもしれない。
一度失敗してから立て直すかもしれない。
劉邦が尋ねました。
「最後まで失敗しなかったら?」
ガリレオが答えます。
「それでいい」
「失敗製造機なのに?」
「失敗させることが目的ではない。」
クレオパトラが笑いました。
「やっと分かってきたみたいね」
失敗製造機の姿が、少し見えてきた
会議が始まってから、ホワイトボードは文字だらけになっていました。
一人ひとり違う状況を作る。
選択肢ではなく、自分で判断する。
一人でも、複数人でも体験できる。
何年もの経験を、重要な判断場面に圧縮する。
失敗しても終わらず、そこから立て直すことができる。
未来を予言するのではなく、その人の弱点が試される未来を作る。
前回まで「失敗製造機」と呼んでいたものが、少しずつ商品らしい姿になってきました。
クレオパトラはホワイトボードを見つめました。
「最初に考えていたものとは、ずいぶん変わったわね」
ガリレオが言います。
「市場に聞いたからだろう」
諸葛亮は首を振りました。
「正確には、市場に答えを教えてもらったわけではありません。」
「どういうこと?」
「市場が教えてくれたのは、我々が答えなければならない問いです。」
クレオパトラは少し笑いました。
確かにそうでした。
「こんな商品を作ってください」と言われたわけではない。
一つ一つの疑問に向き合った結果、
偉人株式会社自身が、商品の形を考え始めた。
マーケティングとは、客に欲しいものを聞いて、そのまま作ることではない。
顧客の言葉の奥にある問題を見つけ、それを商品へ変えていくことなのかもしれません。
しかし――。
クレオパトラは、まだ一枚の資料を持っていました。
「実は、企業からもう一つ聞かれているの」
秀吉が苦笑いします。
「まだあるのか?」
「あるわ」
クレオパトラは、その質問を画面に映しました。
「社員について、どこまで分析するんですか?」
会議室から、さっきまでの笑い声が消えました。
履歴書。
職歴。
能力。
性格。
日々の行動。
会話。
判断。
その人に必要な失敗を作るためには、
その人について、どこまで知る必要があるのか。
さらに企業がお金を払って利用するなら――。
「体験した結果を、会社はどこまで見ることができるのか?」
という問題もあります。
諸葛亮が資料を見つめました。
「これは、先ほどまでとは違う問題ですね」
クレオパトラもうなずきます。
人を成長させるための機械が、
人を評価し、選別するための機械になってしまう可能性もある。
劉邦が言いました。
「それは、ちゃんと決めよう。」
失敗製造機は、ようやく
「どんな体験を提供する商品なのか」
が見えてきました。
しかし次に待っていたのは、
人の可能性を引き出すために、人をどこまで知っていいのか。
という、もっと難しい問いでした。
次回、マーケティング編・完結編。
※本記事は、歴史上の人物の史実や実在する技術・研究を参考にしたフィクションです。登場人物の会話や「偉人株式会社」、商品・サービスは架空のものです。
参考・出典
- PwC「How virtual reality is redefining soft skills training」
- Hans Stefan, Michael Mortimer, Ben Horan「Evaluating the effectiveness of virtual reality for safety-relevant training: a systematic review」Virtual Reality, 2023
