歴史上の偉人だけで会社を作ったら ~マーケティング編・前編~

前回までの偉人株式会社

もし、歴史上の偉人だけで会社を作ったら。

そんな空想から始まった「偉人株式会社」。

7人の偉人が、それぞれ1,000万円を出資。
資本金7,000万円で、まだ売上も商品もない会社を立ち上げました。

前回の商品開発会議で、初めて生まれた商品案が、

「失敗製造機(仮)」

その人の目標や思考、判断の傾向をAIが分析し、これから陥るかもしれない失敗を、現実より先に仮想世界で経験する。

そんな、これまでにない商品です。

しかし、会議の最後。

一人だけ、浮かない顔をしていた人物がいました。

クレオパトラです。

彼女が投げかけたのは、商品開発の根本を揺さぶる問いでした。

「私たちが良いと思うことと、世の中が欲しいと思うことは、同じなの?」

今回は、その答えを探します。


偉人株式会社の7人

今回の中心人物:クレオパトラ|CMO(最高マーケティング責任者)
顧客が何を求めているのかを考え、商品の価値をどう届けるかを設計する。

劉邦|CEO(最高経営責任者)
会社全体の方向を決め、最終判断をする。

徳川家康|COO(最高執行責任者)
決まった方針を実行に移し、会社を動かす。

諸葛亮|CSO(最高戦略責任者)
市場や競争を分析し、会社がどこでどう戦うかを考える。

豊臣秀吉|営業責任者
商品を売り、顧客を増やす。

坂本龍馬|事業開発・提携責任者
新しい事業を探し、社外の企業や人とつなぐ。

ガリレオ・ガリレイ|商品開発・研究開発(R&D)責任者
アイデアを形にし、技術や品質を検証する。


「失敗してみたいですか?」

商品開発会議の翌日。

クレオパトラは、さっそく市場調査を始めました。

まず確かめたかったのは、とても単純なことです。

そもそも、この商品を使いたい人はいるのか。

そこで、さまざまな年代や職業の人に、こんな質問をしてみました。

「自分が将来起こしそうな失敗を、現実より先に経験できる装置があったら使いたいですか?」

ところが――。

返ってきた答えは、期待していたものとは違いました。

「うーん……わざわざ失敗したくないですね」

「ちょっと怖いです」

「失敗より、成功する方法を教えてほしいです」

中には、

「お金を払ってまで失敗する意味が分かりません」

という人までいました。

クレオパトラは、集まった回答を見つめました。

商品開発会議では、誰もが面白いと思った。

ガリレオは可能性を感じ、諸葛亮は歴史上の失敗を活用する方法まで考えた。

それなのに――。

市場は、それほど欲しがっていない。

そこでクレオパトラは、商品そのものではなく、別の角度から聞いてみることにしました。


同じ商品なのに、答えが変わった

今度は、こう尋ねました。

「何かに挑戦するとき、自分がどこでつまずきやすいのか、挑戦する前に知りたいと思いますか?」

すると、反応が変わりました。

「それなら知りたいです」

「起業する前なら、やってみたいですね」

「転職するときにも役立ちそう」

「大きな仕事を任される前なら受けてみたいです」

最初の質問と、二つ目の質問。

聞いている商品は、ほとんど同じです。

それなのに、

「失敗を経験できます」

と言ったときには欲しがらなかった人が、

「自分がどこでつまずきやすいか分かります」

と言った途端、興味を示した。

クレオパトラは、調査用紙に一行書き加えました。

人は、失敗したいわけではない。

そして、その下にもう一行。

失敗する前に、自分では見えていないものを知りたい。

商品を作った側が伝えたいことと、顧客が欲しいと思う価値。

それは、必ずしも同じではない。

クレオパトラは、さらに調査を続けました。


「会社の研修なら受けてみたい」

話を聞く人数が増えてくると、別の反応も目立ち始めました。

「これ、個人で使うより、社員研修とかに向いているんじゃないですか?」

別の人も言います。

「自分で何万円も払うとなると迷いますけど、会社の研修なら受けてみたいですね」

また別の人からは、

「新入社員とか、管理職になる前に受けたら面白そう」

という声も出ました。

クレオパトラの手が止まりました。

ここまで彼女が調べていたのは、

「この商品を使いたい人はいるか」

ということです。

しかし、商品を使いたい人が、その商品を買うとは限らない。

その日の夕方。

クレオパトラは、集めた資料を持って諸葛亮のところへ向かいました。


「使う者と、買う者は同じとは限らない」

クレオパトラは机の上に調査結果を並べました。

「面白い結果が出たわ」

諸葛亮は黙って資料を読み始めました。

「興味を持つ人はいる。でも、自分でお金を払ってまで使いたいという人は、それほど多くない」

「なるほど」

「それなのに、何人かが同じことを言ったの」

クレオパトラは、一つの回答を指差しました。

会社の研修なら受けてみたい。

諸葛亮は、しばらくその言葉を見ていました。

そして尋ねました。

「この商品を使うのは誰ですか?」

「本人でしょうね」

「では、お金を払うのも、本人でなければならないのですか?」

クレオパトラが顔を上げました。

「……企業?」

諸葛亮はうなずきました。

「使う者と、買う者が同じとは限りません。」

もし社員が利用し、企業が費用を負担する商品だとしたら。

今までとは、調査する相手そのものが変わります。

個人が、

「使ってみたいか」

だけでは足りない。

企業が、

「社員のために、お金を払って導入したいか」

も確かめなければならない。

クレオパトラは資料を閉じました。

「企業にも聞いてみるわ」

諸葛亮が言いました。

「その方がいいでしょう。ただし――」

「何?」

「社員が欲しいものと、企業が欲しいものも、同じとは限りません。」


企業が知りたかったこと

クレオパトラは、今度は企業の経営者や人事担当者に話を聞きました。

すると、返ってきた質問は、個人への調査とはまったく違うものでした。

「それで社員は、どう成長するんですか?」

「新人だけですか? 管理職にも使えますか?」

「社員の強みや弱みも分かるんですか?」

「会社側には、どんなデータが残るんですか?」

「一度受けたら終わりですか?」

そして当然、

「一人いくらですか?」

という質問もありました。

中には、こんな経営者もいました。

「大きな仕事を任せてから失敗するのではなく、その前に経験させられるなら面白いですね」

ある人事担当者は、

「本人も気づいていない強みが分かるなら、育成にも使えそうです」

と言いました。

さらに、別の企業からは、

「これ、一回だけじゃなくて、毎年受けさせることはできないんですか?」

という声まで出ました。

クレオパトラは気づきました。

個人が求めていたのは、

自分では見えていない自分を知ること。

企業が求めていたのは、

社員の能力をもっと引き出すこと。

似ているようで、少し違う。

でも、その二つが重なる場所に、この商品の本当の価値があるのかもしれない。

そんな中――。

ある会社の人事担当者に失敗製造機の構想を説明していると、その人が少し考えて言いました。

「それなら、似た研修をうちでも使っていますよ」


似たサービスは、すでに市場にあった

「すでに?」

クレオパトラが聞き返しました。

「ええ。VRを使った社員研修です」

現実では簡単に経験できない状況を、仮想空間で体験する。

危険を伴う作業を安全な環境で練習したり、営業やマネジメントなどの場面を疑似体験したりする。

その会社では、すでにそうしたVR研修を社員教育に取り入れていました。

「仮想空間なら、判断を間違えても会社に実際の損害は出ません。何度でも練習できます」

クレオパトラは尋ねました。

「実際に、役に立っていますか?」

「ええ。だから導入しています」

その答えに、クレオパトラは少し考えました。

失敗製造機が提供しようとしている、

「現実で失敗する前に、仮想世界で経験する」

という価値。

その一部は、すでにこの会社がお金を払って利用している。

すると、人事担当者が尋ねました。

「失敗製造機というのは、それとは何が違うんですか?」

クレオパトラは口を開きかけて――止まりました。

似ている。

でも、同じではない。

その違いを、自分はまだきちんと言葉にできていない。

「……持ち帰らせてください」

その質問は、この日の市場調査で最も重い宿題になりました。


同じ戦場で練習するのか、その人の戦場を作るのか

その日の夕方。

再び、諸葛亮の机の上に資料が置かれました。

「もう一つ、問題が見つかったわ」

「何です?」

「私たちが作ろうとしているものに似たサービスを、すでに使っている企業があった。」

諸葛亮は資料を手に取りました。

「その企業は、我々の商品を必要ないと言ったのですか?」

「いいえ」

クレオパトラは首を振りました。

「『今使っているものと、何が違うんですか』って聞かれたの。」

「それで?」

「答えられなかった」

諸葛亮は少し考えました。

「では、比べてみましょう」

二人は、既存のVR研修と失敗製造機の違いを整理していきました。

諸葛亮が尋ねます。

「その研修では、誰が体験しても同じ状況なのですか?」

「内容によるけれど、基本的には用意された場面を体験するものが中心ね」

「なるほど」

諸葛亮は資料を置きました。

「ならば、同じではありません。」

「どう違うの?」

諸葛亮は答えました。

「同じ戦場に、全員を送り込んで訓練するのが既存の研修だとしましょう。」

そして続けます。

「我々が作ろうとしているのは、その者が最も苦戦する戦場そのものを、一人ひとりに作ることです。」

クレオパトラは黙って聞いていました。

同じ営業研修を100人が受けたとしても、つまずく場所は同じではない。

ある人は、結論を急ぎすぎる。

ある人は、相手に合わせすぎて必要な提案ができない。

ある人は、問題を一人で抱え込む。

ある人は、周囲の意見に引っ張られて決断できない。

ならば失敗製造機は、

その人がどこでつまずきやすいのかを分析し、その弱点が試される状況そのものを作ればいい。

クレオパトラは言いました。

「既存の研修を、もっと豪華にするわけじゃないのね」

「ええ」

「違うものを作るのです。」


7人、再び集まる

数日後。

偉人株式会社の会議室に、7人が集まりました。

今回は、商品を考えるための会議ではありません。

市場が、この商品をどう見たのか。

その報告会です。

クレオパトラが顧客の声を伝え、隣では諸葛亮が市場と競合について整理していきます。

最初に口を開いたのは秀吉でした。

「じゃあ企業に売ればいいじゃないか。俺が行って――」

「まだ売らないで」

クレオパトラが即答しました。

「まだか?」

「まだよ」

龍馬が笑いました。

「秀吉殿は、商品ができる前から売りに行きそうじゃのう」

「売れると思ったら売る。それが営業だろう」

「売れないものを売ってきたら、後で困るのはこちらです」

家康が淡々と返しました。

劉邦が笑いました。

「まあ、まず最後まで聞こう」

クレオパトラは話を続けました。

個人向けにも可能性はある。

起業。

転職。

大きな決断。

新しい挑戦。

使える場面はいくらでも考えられる。

しかし、最初からすべてを狙えば、商品そのものがぼやける。

そこで諸葛亮が口を開きました。

「最初に、どこで勝つのかを決めるべきです」

「どこだ?」

劉邦が尋ねます。

「企業向けの人材育成です。」

新人教育。

若手社員の育成。

管理職研修。

チームづくり。

企業にはすでに、人を育てなければならないという課題がある。

しかし、社員に現実の仕事で何度も大きな失敗をさせて、経験を積ませるわけにはいかない。

もし、現実で大きな代償を払う前に経験を積ませられるなら。

そこには価値がある。

諸葛亮は言いました。

「最初から全員を狙えば、誰にも届きません。まずは企業向けから始めるべきです。」

家康もうなずきます。

「対象が決まれば、必要な機能も考えやすくなります」

龍馬も続きました。

「企業向けで実績を作れば、その先で個人向けに広げることもできる」

劉邦は7人を見渡しました。

「反対は?」

誰も手を挙げませんでした。

偉人株式会社が最初に狙う市場が決まりました。

BtoB。企業向けの人材育成・研修市場です。


「私たちは、間違えていたのかもしれない」

だが、クレオパトラは座りませんでした。

「もう一つあるわ」

ガリレオが彼女を見ます。

「何だ?」

クレオパトラは、最初に行った市場調査の回答を画面に映しました。

「わざわざ失敗したくない」
「成功する方法なら知りたい」
「お金を払って失敗する意味が分からない」

次に、企業から集まった回答を映します。

「社員を成長させたい」
「本人も気づいていない強みを知りたい」
「大きな失敗をする前に経験を積ませたい」

そして最後に、既存のVR研修についての資料を映しました。

失敗を安全に疑似体験するだけなら、すでに市場に存在している。

ガリレオが聞きました。

「何が言いたい?」

クレオパトラは答えました。

「私たちは、この商品のことを間違えていたのかもしれない。」

「機能のことか?」

「いいえ。目的よ。」

会議室が静かになりました。

「企業がお金を払うのは、社員を失敗させたいからじゃない」

クレオパトラは続けます。

「社員だって、失敗したくて使うわけじゃない」

では、何のために使うのか。

「この機械は、人を失敗させるために作るんじゃない。」

クレオパトラは言いました。

「その人が持っている力を、もっと引き出すために作るのよ。」

ガリレオは何も言いませんでした。

諸葛亮が静かに付け加えます。

「失敗は、目的ではない。」

「人を成長させるための、手段です。」

前回の会議で生まれた「失敗製造機」。

市場に聞いたことで、その意味が変わろうとしていました。

同じ失敗を、全員に経験させるのではない。

その人自身を知り、その人に必要な経験を作る。

では――

その人に必要な失敗とは、どうやって作るのか。

そして、

それは本当に「その人の未来」と呼べるものなのか。

偉人株式会社の商品開発は、ここからもう一段、難しいところへ入っていきます。

次回、マーケティング編・後編。


※本記事は、歴史上の人物の史実・人物像をもとにした思考実験です。記事内の役職・会話・経営判断・商品などは、実際の史実ではなく本記事独自の創作・考察です。


参考・出典


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◀ 前回|第二話
歴史上の偉人だけで会社を作ったら ~役職決定編~

▶ 次回|第三話-2
歴史上の偉人だけで会社を作ったら ~マーケティング編・後編~