なぜエスコンフィールドで「歌舞伎」なのか|日本ハムが変えた「球場ビジネス」の常識

2026年8月28日。

北海道日本ハムファイターズの本拠地、エスコンフィールドHOKKAIDOで、少し意外な光景が披露されます。

野球場で、歌舞伎です。

日本ハム対千葉ロッテの試合前、歌舞伎俳優の片岡愛之助さんと藤間康詞さんが、ホームベース付近で『連獅子』を披露します。

球団主催試合のグラウンドで歌舞伎が披露されるのは、初めての試みです。

「なぜ、野球場で歌舞伎?」

そう思った人もいるかもしれません。

しかし、エスコンフィールドがこれまでやってきたことを振り返ると、この組み合わせは決して突飛なものではありません。

むしろ今回の歌舞伎には、北海道日本ハムファイターズが進めてきた、

「球場ビジネスの常識を変える」

という戦略が象徴的に表れているように思います。

今日は「野球×歌舞伎」という意外な組み合わせから、

「自分たちは何を提供する会社なのか」

という、経営にとって大切な問いを考えてみたいと思います。


球場は「野球を見る場所」なのか

そもそも、球場とは何でしょうか。

普通に考えれば、

野球を見る場所

です。

試合がある日に観客が集まり、チケットを買い、飲食を楽しみ、グッズを買って帰る。

プロ野球ビジネスでは、これが基本的なモデルでした。

しかし、このモデルには一つ大きな制約があります。

試合がなければ、人が来ない。

プロ野球の公式戦は毎日開催されるわけではありません。

シーズンオフもありますし、チームが遠征している期間もあります。

巨大な施設を持っていても、「試合の日」を中心に考える限り、活用できる時間には限界があります。

そこでエスコンフィールドを中心とする北海道ボールパークFビレッジは、

「球場=野球を見る場所」という前提そのものを変えました。


「野球を見ない人」もやってくる場所

2023年3月、北海道北広島市に誕生した北海道ボールパークFビレッジ。

その中心にあるのが、エスコンフィールドHOKKAIDOです。

しかし、Fビレッジは最初から単なる野球観戦施設としてつくられたわけではありません。

約32ヘクタールの敷地には、野球だけでなく、飲食、宿泊、温泉、サウナ、アクティビティなど、さまざまな体験が用意されています。

球場内の「TOWER 11」には、フィールドを眺められるホテルがあります。

温泉やサウナもあり、試合がない日にも利用できます。

Fビレッジ内にはヴィラやグランピング施設まであります。

ここまで来ると、

「野球を見に行く場所」

という説明だけでは足りません。

目指しているのは、

「今日は野球を見に行こう」

だけではなく、

「今日はFビレッジへ行こう」

と思ってもらえる場所なのです。


455万人のうち、約236万人は「公式戦以外」

そして、その戦略は数字にも表れ始めています。

2025年、Fビレッジには年間約455万人が来場しました。

そのうち、日本ハム主催のレギュラーシーズン公式戦の来場者は約223万人。

一方、その他イベントなどで訪れた人は約236万人でした。

単純に人数だけを比べれば、

公式戦以外の来場者の方が多かった

ことになります。

これは非常に興味深い数字です。

さらに2025年の来場者の平均滞在時間は4時間52分。

同年の公式戦平均試合時間3時間12分を大きく上回っています。

つまり、人々は試合だけを見て帰っているわけではありません。

食事をする。

買い物をする。

施設を楽しむ。

イベントに参加する。

周辺を歩く。

エスコンフィールドが目指しているのは、単純に「観客を増やす」ことではなく、

「その場所で過ごす理由を増やすこと」

なのではないでしょうか。


その延長線上に「歌舞伎」がある

そして今回、その場所に歌舞伎がやってきます。

2026年8月28日。

片岡愛之助さんと藤間康詞さんが、試合前のグラウンドで『連獅子』を披露します。

ファイターズは今回の企画について、

スポーツだけでなく、文化も伝承していく場所へ

という考え方を示しています。

この言葉は、エスコンフィールドの戦略をよく表しています。

普通なら、

「野球場で何をするか?」

と聞かれれば、野球に関連するイベントを考えるでしょう。

OB戦。

野球教室。

選手との交流イベント。

もちろん、それも大切です。

しかし、

「球場で何ができるか」

ではなく、

「人が集まるこの場所で、何ができるか」

と問いを変えると、選択肢は一気に広がります。

その答えの一つが、今回の歌舞伎だった。

そう考えると、この企画は単なる話題づくりではなく、Fビレッジという場所の可能性をさらに広げる試みとして見ることができます。


日本ハムが変えたのは「球場」ではなく「定義」

ここで経営の視点から考えてみたいことがあります。

日本ハムが本当に変えたものは何でしょうか。

新しい球場をつくったこと。

設備を充実させたこと。

それももちろん大きな変化です。

しかし、それ以上に重要なのは、

「球場とは何か」という定義を変えたこと

ではないでしょうか。

従来の、

球場=野球を見る場所

という発想から、

球場=人が集まり、長く滞在し、さまざまな体験をする場所

へ。

さらに日本ハムは、スポーツ・エンターテイメント事業について「観光地化」「街化」を深化させる方針を示しています。

つまり、

「野球場をどう繁盛させるか」

ではなく、

「どうすれば、人が何度も訪れたくなる街をつくれるか」

という問いに変わっているのです。

問いが変われば、打ち手も変わります。

だからホテルができる。

温泉やサウナができる。

さまざまな飲食店が集まる。

イベントを開催する。

そして、野球場で歌舞伎を披露する。

一見バラバラに見える施策も、

「球場ではなく、街をつくる」

という視点で見ると、一本の線につながります。


「試合数」という限界から抜け出す

これは、ビジネスモデルとしても重要です。

野球だけで収益を考えれば、どうしても試合数という上限があります。

座席数にも限界があります。

つまり、

「野球を見る人から、試合の日に収益を得る」

というモデルだけでは、成長には物理的な限界があります。

しかし、

飲食する人。

宿泊する人。

温泉を利用する人。

イベントへ来る人。

観光で訪れる人。

こうして「訪れる理由」を増やしていけば、顧客の範囲も、施設を利用する時間も広がります。

野球ファンではなかった人まで顧客になり得るのです。

実際、日本ハムのスポーツ・エンターテイメント事業は成長しています。

2026年3月期の売上高は約310億円。

前期比15%増。

事業利益は約54億円で、前期比61.9%増となりました。

もちろん、チーム成績や観客動員数の伸び、チケット、グッズ、飲食などの増収も大きく影響しています。

したがって、この数字をすべて「野球以外の事業が成功した結果」と見ることはできません。

それでも、

試合がない日にも人が訪れる理由をつくり、球場そのものの価値を高める。

その戦略が、事業として進められていることは確かです。


あなたの会社は、本当に「その商品」を売る会社なのか

そして、この話は野球球団だけのものではありません。

むしろ普通の会社にこそ、大きなヒントがあります。

たとえば、

「うちは飲食店だから、料理を売る会社だ」

「うちは保険代理店だから、保険を売る会社だ」

「うちは製造業だから、製品をつくる会社だ」

「うちは税理士事務所だから、税務申告をする会社だ」

もちろん間違いではありません。

しかし、その定義が狭すぎることで、自分たちの可能性まで狭くしていることがあります。

飲食店は、本当に料理だけを売っているのでしょうか。

もしかすると、

「人と人が楽しい時間を過ごす場所」

を提供しているのかもしれません。

ホテルは、本当に部屋だけを売っているのでしょうか。

もしかすると、

「日常から離れる時間」

を提供しているのかもしれません。

保険代理店も、単に保険商品を売るだけではなく、

「経営者が安心して挑戦できる環境」

を提供していると考えることもできます。

自分たちの仕事をどう定義するかで、できることは変わります。


「何を売るか」の前に考えたいこと

企業は成長しようとすると、

「新しい商品をつくろう」

「新しいサービスを始めよう」

「新しい顧客を開拓しよう」

と考えます。

もちろん、それも必要です。

しかし、その前に一度、

「そもそも私たちは、顧客に何を提供している会社なのか」

を考えてみる。

もしかすると、そこに今まで見えていなかった市場があるかもしれません。

エスコンフィールドが、

「もっと野球イベントを増やそう」

とだけ考えていたら、歌舞伎という発想は生まれにくかったでしょう。

しかし、

「人が集まり、楽しみ、さまざまな文化や体験に出会える場所にする」

と考えれば、歌舞伎も選択肢になります。

戦略とは、新しいことを始めることだけではありません。

自分たちを縛っている前提を外すことも、立派な戦略です。


常識を疑うとは、「奇抜なことをする」ことではない

「常識を疑え」

経営や仕事では、よく聞く言葉です。

しかし、常識を疑うというと、

誰もやっていない奇抜なことをする。

大胆なアイデアを出す。

そんなイメージを持つかもしれません。

エスコンフィールドを見ると、少し違うことが分かります。

大切なのは、

当たり前すぎて、誰も問い直していない前提を見つけること。

球場は、野球を見る場所。

試合がなければ、人は来ない。

野球ファンが顧客。

そんな「当たり前」を一つずつ外していった先に、

ホテルがあり、

温泉があり、

サウナがあり、

街づくりがあり、

そして今日、

歌舞伎があります。


一流の思考

エスコンフィールドのホームベース付近で披露される『連獅子』。

一見すれば、

「野球場で歌舞伎をやる面白いイベント」

です。

しかし、その背景を少し深く見てみると、日本ハムが進めてきた「球場の再定義」が見えてきます。

野球を売る。

そこから、

体験を売る。

場所をつくる。

そして、

街そのものをつくる。

事業を成長させるために必要なのは、いつも新しい商品をつくることとは限りません。

もしかするとその前に、

「自分たちは何をする会社なのか」という常識そのものを疑ってみる。

そこから始めた方がいいこともあります。

今日、一度だけこんな問いを自分たちに投げかけてみてはいかがでしょうか。

「もし、今の業種名を使わずに自分たちの会社を説明するとしたら、私たちは何を提供している会社だろう?」

球場は、野球を見る場所。

そんな当たり前を疑ったからこそ、

エスコンフィールドには今日、歌舞伎がやってきます。

私たちの仕事にも、

まだ疑ったことのない「当たり前」が残っていないでしょうか。

その当たり前の向こう側に、

まだ誰も気づいていない新しい市場があるのかもしれません。

以上

「一流の思考ラボ」編集長でした。


参考資料・出典

・北海道日本ハムファイターズ「8/28(金)日本の伝統文化『歌舞伎』 エスコンフィールドで初披露!」

・北海道日本ハムファイターズ「パートナーシップ プログラム」

・日本ハム「スポーツ・エンターテイメント事業部」

・北海道日本ハムファイターズ「北海道ボールパークFビレッジとは」


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