任天堂の経営戦略から学ぶ「戦わない戦略」

ビジネスでは、競合が強くなるほど、

「どうすれば勝てるだろう」

と考えてしまいます。

もっと性能を上げる。
もっと安くする。
もっと機能を増やす。

相手が強くなれば、自分たちもさらに強くなる。

ごく自然な発想です。

しかし、もう一つの戦い方があります。

そもそも、同じ場所で戦わない。

その代表的な事例の一つが、任天堂です。

ニンテンドーDSやWiiの時代、任天堂が目を向けたのは、すでにゲームを楽しんでいる人だけではありませんでした。

「ゲームをしていない人」も、どうすれば楽しめるのか。

そこから、ゲームの市場そのものを広げようとしました。

今回は任天堂の経営戦略から、競合に「どう勝つか」だけではなく、競争そのものをどう変えるかを考えてみたいと思います。


任天堂が見ていたのは「ゲームをしていない人」だった

2000年代、ゲーム機は技術の進歩とともに進化を続けていました。

より美しい映像。

より高い処理性能。

より複雑でリアルなゲーム。

性能の向上は、ゲームの可能性を広げます。

しかし、各社が同じ方向を向けば、その先にあるのは「性能」という同じ軸での競争です。

当時、任天堂の社長だった岩田聡さんのもとで掲げられていた基本戦略が、

「ゲーム人口の拡大」

でした。

岩田さんは後に、この戦略について、年齢・性別・ゲーム経験を問わず、誰もが楽しめる商品を提案することでゲーム人口を広げるものだったと説明しています。

ここが面白いところです。

任天堂は、

「すでにゲームをしている人に、もっとすごいゲームを届ける」

だけではなく、

「そもそもゲームに強い関心を持っていない人にも、参加してもらえないだろうか」

と考えました。

見ている相手が違ったのです。


DSとWiiは「ゲームとは何か」を広げた

その考え方を象徴するのが、ニンテンドーDSとWiiでした。

ニンテンドーDSでは、タッチスクリーンやマイクなどを使った、それまでとは違う操作方法が取り入れられました。

Wiiでは、Wiiリモコンを振ったり動かしたりすることで、身体を使って遊ぶ体験が前面に出ました。

ゲーム機の操作に慣れていなくても、

「触る」

「書く」

「振る」

といった動きなら理解しやすい。

さらに、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』や『Wii Fit』など、それまでゲームに強い関心を持っていなかった人にも届き得る商品が登場します。

岩田さんは2014年の経営方針説明会で、任天堂が「ビデオゲームに対する無関心」という課題に対し、「ゲームの定義を拡大」することで「ゲーム人口の拡大」を目指したと振り返っています。

つまり任天堂が変えようとしたのは、ゲーム機の性能だけではありません。

「誰がゲームをするのか」

そして、

「何をゲームと呼ぶのか」

その前提まで広げようとしたのです。


「戦わない」は、競争から逃げることではない

ここでいう「戦わない戦略」は、競争を避けて、楽な場所へ逃げるという意味ではありません。

むしろ逆です。

競合と同じルールで勝負するのではなく、自分たちで別の価値をつくる。

2007年の経営方針説明会で、岩田さんはDSやWiiについて、独自路線で方向性を決めたことが、他社製品の動向に左右されない「独自の市場の形成」につながったと説明しています。

相手より強くなることだけが、競争ではありません。

相手とは違うものを評価してもらえる場所をつくれば、競争の意味そのものが変わります。


競合ばかりを見ていると、競合に似てくる

これはゲーム業界だけの話ではありません。

たとえば、自分が飲食店を経営しているとします。

近くの競合店が値下げした。

「うちも100円安くしよう」

競合がメニューを増やした。

「うちも増やそう」

一つひとつは、間違った判断ではありません。

ただ、競合ばかり見続けていると、だんだん競合と似た店になっていきます。

では、

「なぜ、この店に来ない人がいるのだろう」

と考えてみたらどうでしょう。

一人では入りにくいのかもしれない。

ゆっくり食事をしたい人には騒がしいのかもしれない。

注文方法が分かりにくいのかもしれない。

そこで、

「仕事帰りに一人で静かに食事をしたい人のための店」

をつくれば、安さとは違う基準で選ばれる可能性が生まれます。

競合店が消えたわけではありません。

でも、競う基準は変わります。


商品が売れないとき、本当に見るべき相手は「誰」なのか

商品が売れないとき、普通は「買っている人」を調べます。

どんな人が買っているのか。

何が人気なのか。

何を改善すれば、もっと買ってもらえるのか。

もちろん、それは重要です。

でも、任天堂の「ゲーム人口の拡大」という発想から考えると、もう一つ見るべき人がいます。

「買っていない人」です。

なぜ、その人は買わないのでしょうか。

難しそうだから。

高そうだから。

自分には必要ないと思っているから。

使い方が分からないから。

そもそも、

「これは自分のための商品ではない」

と思っているからかもしれません。

実際、岩田さんは2014年の質疑応答で、ゲームにそれほど強い興味はなくても「何か面白いものがあれば触ってみたい」という人たちについて語っています。

そして、その人たちが参加しやすくするために、「ゲームに参加する障壁になっているもの」をどう取り除くかを考えている、と説明しています。

ここに、まだ見えていない市場が隠れている可能性があります。


自社に置き換えるなら、3つの問いから考える

任天堂の考え方を、自分たちの仕事に置き換えるなら、こんな問いから始められそうです。

まだ顧客になっていないのは誰か。

その人が参加しない理由は何か。

その障壁を取り除く方法はないか。

価格を下げる。

機能を増やす。

広告を増やす。

その前に、

「そもそも選択肢に入っていない人は誰なのか」

を考えてみる。

そこから、商品を変えることもできます。

売り方を変えることもできます。

これまで自分たちが「顧客ではない」と思っていた人が、新しい市場になるかもしれません。


任天堂から学ぶ「競合ではなく、まだ顧客ではない人を見る」

任天堂の「戦わない戦略」を、単に「競合がいない市場へ行くこと」と考えると、本質を見失ってしまう気がします。

ニンテンドーDSやWiiの事例で面白いのは、

競合から離れたことより、これまでゲームに強い関心を持っていなかった人へ目を向けたことです。

「まだ、自分たちの顧客ではない人は誰だろう。」

「その人は、なぜこちらに来ないのだろう。」

そこに、競合を追いかけているだけでは見つからない答えがあるかもしれません。

強い会社とは、すべての競争に勝つ会社ではない。

自分たちが価値を発揮できる競争を、自分たちでつくれる会社なのかもしれません。

「競合にどう勝つか」で行き詰まったとき。

競合ではなく、

まだこちらを見ていない人を、一度見てみる。

任天堂の「ゲーム人口の拡大」は、そんな視点を教えてくれる経営戦略だと思います。

以上、

「一流の思考ラボ」編集長でした。


参考資料・出典

・任天堂株式会社「2014年1月30日 経営方針説明会/第3四半期決算説明会 社長説明」(岩田聡)
・任天堂株式会社「2014年1月30日 経営方針説明会/第3四半期決算説明会 質疑応答」(岩田聡)
・任天堂株式会社「2007年10月26日 経営方針説明会/中間決算説明会 社長説明」(岩田聡)


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