「急がば回れ」を地で行った徳川家康|“待つこと”を武器にした人生

「早く結果を出したい」

仕事でも、人生でも、そう思うことがあります。

周りが先に進んでいると、自分だけが取り残されているように感じる。

うまくいかない時間が続けば、

「もっと早く動いた方がいいのではないか」

と焦ることもあります。

でも、日本の歴史には、天下を取るまでに長い時間をかけた人物がいます。

徳川家康です。

家康が征夷大将軍になったのは1603年。

すでに60歳を過ぎていました。

織田信長や豊臣秀吉が次々と勢力を拡大していく時代を生きながら、最後に天下を手にしたのが家康でした。

そんな家康の人生を見ていると、ある言葉が浮かびます。

「急がば回れ」

もちろん、これは家康の言葉ではありません。

それでも家康の人生には、目の前の勝ちを急ぐのではなく、遠回りに見える道を選びながら、最後に目的地へたどり着いた場面がいくつもあります。

若き家康は、「待てる人」ではなかった

家康というと、

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」

という句から、じっと我慢する人物を思い浮かべるかもしれません。

しかし、若いころから何でも冷静に待てたわけではありません。

1572年、家康は武田信玄と三方原で戦います。

当時の信玄は、数々の戦いを経験し、強大な勢力を築いていた戦国屈指の武将でした。

結果は、家康軍の敗北。

国立公文書館に残る史料にも、家康軍が敗れ、多くの兵を失ったことが記されています。

このとき家康は30歳。

後世の「待つ家康」というイメージだけを見ると意外ですが、若い家康には、強大な相手と正面からぶつかり、大敗した経験がありました。

もしかすると家康の「待つ力」は、生まれつきの性格だけではなく、こうした失敗の積み重ねから身につけていったものだったのかもしれません。

勝ったのに、秀吉に従った

家康の人生には、もう一つ興味深い場面があります。

1584年の小牧・長久手の戦いです。

家康側は、羽柴秀吉側の軍勢を破りました。

しかし、その後も秀吉の勢力は拡大していきます。

家康は秀吉と戦い続ける道ではなく、最終的に臣従する道を選びました。

1586年、大坂城で秀吉と対面。

そして1590年には、秀吉の命令によって関東へ移り、江戸に入ります。

目の前の勝敗だけを見れば、

「一度勝ったのだから、最後まで戦えばいい」

と考えることもできます。

しかし家康は、そうしませんでした。

勝てる戦いに勝つことと、最後に生き残ることは違う。

家康は、それを分かっていたのかもしれません。

「待つ」は、何もしないことではない

ここが、家康の人生で最も面白いところだと思います。

家康は秀吉に従ったあと、何もせずに天下が転がり込んでくるのを待っていたわけではありません。

関東へ移り、江戸を拠点とし、自分の力を蓄えていきました。

そして1598年、秀吉が亡くなります。

その後、豊臣政権内の力関係が変化し、家康の存在感は次第に大きくなっていきました。

1600年、関ヶ原の戦い。

家康率いる東軍が勝利します。

そして1603年、家康は征夷大将軍となり、江戸幕府を開きました。

三方原の敗北から、およそ30年後のことです。

家康の人生を見ると、「待つ」という言葉の意味が少し違って見えてきます。

待つとは、

止まることではない。

チャンスが来るまでに、自分を強くしておくことです。

「早く動く」と「焦って動く」は違う

もちろん、家康はいつも待っていたわけではありません。

必要なときには戦い、状況が変われば決断しています。

だから、家康から学べるのは、

「とにかく待てばいい」

ということではないでしょう。

むしろ、

動くべきときには動く。
まだそのときではないなら、焦って勝負を決めにいかない。

この見極めだったのではないでしょうか。

仕事でも似たことがあります。

成果が出ないと、新しいことを始めたくなる。

事業が伸びないと、すぐに方向転換したくなる。

周りが成功すると、自分も急がなければならない気がする。

もちろん、変えるべきときもあります。

でも、結果が出ていないからといって、今やっていることが間違っているとは限りません。

まだ、結果が出るところまで来ていないだけかもしれません。

遠回りしている時間も、前に進んでいる

「急がば回れ」

早く目的地へ行きたいなら、危険な近道よりも、安全な遠回りを選んだ方が、結果として早く着くことがある。

家康の人生も、一直線ではありませんでした。

負ける。

従う。

領地を移される。

待つ。

そして、力を蓄える。

一つひとつを見ると、天下から遠ざかっているように見える時期さえあります。

それでも最後には、江戸幕府を開きました。

人生には、すぐに結果が出ない時間があります。

そんなとき、

「自分は遅れている」

と焦る必要はないのかもしれません。

大切なのは、待っている時間に何をするか。

ただ立ち止まるのではなく、学ぶ。準備する。力を蓄える。

そう考えると、遠回りに見える時間もまた、目的地へ向かっている時間です。

急がなければならないときほど、あえて急がない。

徳川家康の人生は、「待つこと」もまた一つの戦略になり得ることを、400年以上たった今も教えてくれているように思います。

以上

「一流の思考ラボ」編集長でした。

参考・出典

あわせて読みたい

▶50歳からでも遅くない。伊能忠敬が教えてくれる「第二の人生のつくり方」

▶「正解」が出ないときに足りないもの|「正解」ではなく「情報」を増やす思考法