「もし宝くじで7億円が当たったら、何に使う?」
そんな話を、一度くらいしたことがあるのではないでしょうか。
家を買う。
世界一周旅行に行く。
仕事を辞める。
欲しかった車を買う。
それでも余ったら、投資をして将来に備える。
考えているだけでも、少し楽しくなります。
では、こんな人に7億円が当たったらどうでしょう。
マザー・テレサ。
生涯を通して、貧しい人、病気の人、孤独な人、そして社会から忘れられた人たちに寄り添い続けた女性です。
もし彼女の手元に突然7億円がやってきたら。
いったい、何に使ったのでしょうか。
貧しい人々の中へ入っていった女性
マザー・テレサは1910年、現在の北マケドニア・スコピエに生まれました。
18歳で修道女となる道を選び、その後インドへ渡ります。
当初はカルカッタ(現在のコルカタ)の学校で教師をしていました。
しかし、学校の外にはまったく違う世界がありました。
貧困。
病気。
飢え。
そして、誰にも看取られることなく、路上で人生の最期を迎えようとしている人たち。
彼女は1948年、修道院を離れ、そうした人々の中で活動する道を選びます。
最初から大きな組織や十分なお金があったわけではありません。
それでも彼女はスラム街へ入り、家族を訪ね、子どもの傷を洗い、路上で病気になっていた老人や、飢えと病に苦しむ女性の世話をしました。
1950年には「神の愛の宣教者会」が正式に設立され、その活動はやがて世界へ広がっていきます。
彼女が向き合っていたのは、「世界の貧困」という大きな言葉だけではありませんでした。
いつも、その目の前にいる一人の人間でした。
実は彼女は「大金」を手にしたことがある
1979年。
マザー・テレサはノーベル平和賞を受賞しました。
そのときの賞金は、
80万スウェーデンクローナ。
もちろん、当時としても非常に大きな金額です。
ただ、今回想像しているサマージャンボの「1等・前後賞合わせて7億円」とは、金額の規模が大きく異なります。
そして、ここにマザー・テレサという人を知る、大きなヒントがあります。
ノーベル平和賞の受賞を知らされたとき、彼女は、
「貧しい人々の名において、この賞を受け取ります」
という趣旨の言葉を残しました。
彼女にとって、その賞は、
「自分が何を手に入れられるか」
を考えるためのものではなかったのでしょう。
さらに、ノーベル平和賞では受賞者を祝う晩餐会が開かれるのが慣例でしたが、マザー・テレサはそれも辞退したと伝えられています。
そして、そのために使われるはずだったお金も、困っている人々のために役立てられました。
つまり彼女は実際に、
大きなお金を手にしたとき、何を選んだのか。
その答えを、すでに私たちに見せてくれているのです。
だからこそ、こんな想像をしてみたくなります。
もし80万スウェーデンクローナではなく、7億円だったら。
マザー・テレサは、そのお金をどう使ったのでしょうか。
もし7億円が彼女の手元に届いたら
おそらく、彼女自身の生活はほとんど変わらなかったのではないでしょうか。
豪華な家を買うわけでもない。
高級な服を買うわけでもない。
自分のために大きな財産を残そうとするわけでもない。
もちろん、これはあくまで想像です。
しかし、彼女が生涯で選び続けた行動を見るなら、その7億円の向こう側にも、きっと「人」を見たのではないでしょうか。
今日食べるものがない人。
安心して眠れる場所がない人。
病気になっても十分な助けを受けられない人。
家族を失った子ども。
そして、
「自分なんて誰にも必要とされていない」
と思っている人。
7億円という数字を見て、
「これで何が買えるだろう」
と考えるのではなく、
「これで誰に手を差し伸べられるだろう」
と考えたのかもしれません。
でも、7億円だけでは足りない
7億円あれば、たくさんのことができます。
食事を届けることができます。
安心して暮らせる場所をつくることもできます。
薬や医療を届けることもできます。
多くの人を助けることができるでしょう。
それでも、マザー・テレサが大切にしていたものは、お金だけではありませんでした。
ノーベル平和賞の受賞演説でも、彼女は貧しい人々について、単なる同情ではなく、理解する愛や尊厳をもって接することの大切さを語っています。
お腹が空いている人に、食事を届ける。
もちろん大切です。
しかし、その人の隣に座ること。
名前を呼ぶこと。
話を聞くこと。
そして、
「あなたは大切な人です」
と態度で伝えること。
そこには、お金だけではつくれないものがあります。
だから彼女は、たとえ7億円をすべて使ったとしても、
そのあとも変わらず、
誰かの隣に座っていたのではないでしょうか。
私たちは7億円を持っていない
ここまで読んで、
「マザー・テレサだからできることだ」
と思うかもしれません。
確かに私たちの多くは、7億円を持っていません。
ノーベル平和賞の賞金もありません。
世界中に支援施設をつくることもできません。
でも、考えてみると不思議です。
誰かに声をかけるのに、7億円はいりません。
落ち込んでいる人の話を聞くのにも、7億円はいりません。
困っている人に少し手を貸すことにも、7億円はいりません。
家族に「ありがとう」と言うことにも。
久しぶりの友人に連絡することにも。
一人でいる人の隣に座ることにも。
宝くじに当たらなくてもできることは、意外とたくさんあります。
「いくら持っているか」より、「誰のために使うか」
宝くじで7億円が当たったら。
私たちはつい、
「何を買おう」
と考えます。
でも、マザー・テレサの人生を見ていると、少し違った問いが浮かんできます。
「このお金で、誰を幸せにできるだろう」
そして、それはお金だけの話ではありません。
時間。
知識。
経験。
言葉。
優しさ。
そして、自分自身。
私たちは誰でも、何かを持っています。
大切なのは、その量だけではないのかもしれません。
どれだけ持っているかではなく、持っているものを誰のために使うか。
もし今日、あなたにできる小さなことが一つあるとしたら。
それは誰かにとって、
宝くじに当たるよりもうれしい出来事になるかもしれません。
以上
「一流の思考ラボ」編集長でした。
参考・出典
・The Nobel Prize「Mother Teresa – Acceptance Speech」
・The Nobel Prize「The Nobel Peace Prize 1979 – Presentation Speech」
・The Nobel Prize「Mother Teresa – Nobel Lecture」
・The Nobel Prize「Press release – The Nobel Peace Prize 1979」
・The Holy See(Vatican)「Mother Teresa of Calcutta (1910–1997), biography」
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