「うちの会社でもAIを導入しよう」
そんな言葉を聞くことが、珍しくなくなりました。
生成AI。
DX。
新しい業務システム。
便利なツール。
会社は次々と新しいものを導入します。
ところが、数か月後。
最初は使われていたはずのシステムが、いつの間にか使われなくなっている。
結局、以前のExcelに戻っている。
一部の人しか使っていない。
そんなことも少なくありません。
なぜ、新しい技術は「導入」できても「定着」しないのでしょうか。
2026年8月31日に発表された、あるAIプロジェクトに、そのヒントがありました。
製造現場で「本当に使われるAI」を目指す
AIソリューションを手掛けるSapeetと、製造業向けDXなどを支援するサンネットが、製造業向けの新たなAIソリューションの共同開発を始めました。
背景にあるのは、日本の製造現場が抱える、
人手不足。
熟練技術者の高齢化。
技能継承。
働く人の多国籍化。
といった課題です。
製造現場では毎日のように日報や作業記録がつくられています。
しかし、Excelへの入力や記録方法の属人化、集計作業の負担などによって、せっかく蓄積された情報が十分に活用されず、現場のノウハウが埋もれてしまうこともあります。
そこで両社は、日報業務を入口にAIを組み込もうとしています。
でも、このプロジェクトで興味深いのは、AIそのものの性能だけではありません。
目指しているのは、
「現場で本当に使われるAI」
なのです。
AIを入れただけでは、会社は変わらない
AIへの期待が高まる一方で、製造現場では、
「現場に定着しない」
「PoC(実証実験)で終わってしまう」
といった問題も起きているといいます。
これはAIに限った話ではないでしょう。
新しいシステムを導入した。
新しい社内ルールをつくった。
新しいマニュアルをつくった。
新しい会議のやり方を決めた。
最初は、
「これからは、この方法でやりましょう」
と説明されます。
ところが、しばらくすると元に戻ってしまう。
そんな経験がある会社も多いのではないでしょうか。
ここで考えたいのは、
「導入したこと」と「使われていること」は、まったく別だ
ということです。
「頑張って使ってください」では続かない
今回のプロジェクトには、とても興味深い考え方があります。
それが、
「既存業務に自然に溶け込む」
そして、
「個人の努力に依存しない」
という設計です。
これは、新しい仕組みを定着させるうえで、とても重要な考え方ではないでしょうか。
たとえば、
「今日から、この新しいシステムにも入力してください」
と言われたとします。
今までの仕事に加えて、新しい作業が増える。
使い方も覚えなければならない。
入力する項目も増える。
それでも会社からは、
「便利だから使ってください」
と言われる。
これでは、使われなくなるのも不思議ではありません。
新しい仕組みが定着しない理由を、
「社員が変化を嫌うから」
だけで片づけてしまうのは簡単です。
でも、本当にそうなのでしょうか。
もしかすると、
「頑張らないと使えない仕組み」になっていること
の方に問題があるのかもしれません。
なぜ「日報」から始めるのか
今回のAIソリューションが面白いのは、いきなり会社全体をAI化しようとしていないところです。
最初の入口に選ばれたのは、
「日報」
です。
日報は、製造現場で多くの人が日常的に関わる業務です。
つまり、
すでに存在する仕事の中にAIを入れる。
これなら、AIを使うためだけに新しい仕事をつくる必要がありません。
さらに、テキストだけでなく音声入力や多言語対応も想定されています。
若手には、何を書けばいいのかをAIが補助する。
外国籍の作業者は、自分の言語で記録する。
ベテランが日々の仕事で持っている気づきやノウハウも残していく。
そして、その情報を管理者が確認し、組織の知識として蓄積する。
将来的には、それを検索や分析、意思決定にも活用していく構想です。
つまり、
AIに合わせて仕事を変えるのではなく、
今ある仕事の中にAIを溶け込ませる。
ここに、この取り組みの面白さがあります。
「使わせる」のではなく「使ってしまう」をつくる
これはAIだけの話ではありません。
会社で新しい仕組みを始めるとき、
「どうすれば社員に使ってもらえるか」
と考えることがあります。
研修をする。
マニュアルをつくる。
説明会を開く。
もちろん、それも必要でしょう。
でも、もっと大切なのは、
「どうすれば、意識しなくても使う状態になるか」
なのかもしれません。
毎日の仕事の流れの中に入っている。
以前より楽になる。
入力する手間が減る。
使った結果が自分にも返ってくる。
そうなれば、
「使ってください」
と言い続けなくても、自然と使われるようになります。
良い仕組みとは、
人を仕組みに合わせるものではなく、
仕組みの方が人の行動に合わせているもの
なのかもしれません。
「小さな入口」から始める
もう一つ、このニュースから学べることがあります。
それは、
最初から全部を変えようとしないこと。
今回の取り組みも、まず日報から始まります。
会社全体を一気にAI化するわけではありません。
日常的に使われている仕事の一つにAIを入れる。
そこでデータがたまる。
使われる。
改善する。
さらに使いやすくなる。
そして、そのデータを別の仕事にも活用していく。
つまり、
小さな入口から始めて、使われながら育てる。
新しい仕組みを導入するとき、最初から完璧なものをつくろうとするより、この考え方の方が現実的なのかもしれません。
本当に見るべき数字は「導入率」ではない
AI時代になると、
「AIを導入している企業は何%」
「生成AIを利用している社員は何%」
といった数字を目にすることがあります。
もちろん、導入することは第一歩です。
でも、本当に重要なのはその先ではないでしょうか。
導入したAIが、
毎日の仕事で使われているのか。
仕事を楽にしているのか。
そこからデータが蓄積されているのか。
会社の知識になっているのか。
そして、仕事そのものが少しずつ良くなっているのか。
「導入したか」ではなく、
「定着したか」。
これからAI活用を考える企業にとって、この違いはますます重要になっていくでしょう。
新しい仕組みが続かないとき、人だけを責めない
会社では、新しいことが定着しないと、
「社員の意識が低い」
「新しいことを嫌がる」
「もっと積極的に使ってほしい」
と言いたくなることがあります。
でも、その前に一度、
仕組みの方を疑ってみてもいいのかもしれません。
使うために余計な手間が増えていないか。
今までの仕事から離れすぎていないか。
使う人にメリットがあるか。
頑張らないと続けられないものになっていないか。
AIでも、新制度でも、新しい仕事の進め方でも同じです。
良い仕組みとは、「頑張って使うもの」ではなく、いつの間にか仕事の一部になっているもの。
新しい技術が次々と登場する時代だからこそ、
「何を導入するか」
だけではなく、
「どうすれば、自然に使われ続けるか」
まで考える。
それが、AIを「導入した会社」と、AIが「定着する会社」を分ける一つの違いなのかもしれません。
以上
「一流の思考ラボ」編集長でした。
参考・出典
SAPEET AX Solution「製造業の現場課題を解決する新たなAIソリューション」
