もし、長年追いかけてきた夢がかなったら。
あなたは、その翌日に何をするでしょうか。
ゆっくり休む。
好きなものを食べる。
それとも、しばらく何もせず、達成感に浸るでしょうか。
2000年9月24日。
シドニーオリンピックの女子マラソンで、日本女子陸上史上初の金メダルを獲得した高橋尚子さん。
42.195kmを走り抜き、世界の頂点に立ちました。
そんな高橋さんが、長年の努力を実らせた翌朝に何をしていたのか。
なんと、また走っていたのです。
なぜ、世界一になった翌朝まで走ったのでしょうか。
その答えには、高橋さんが大切にしてきた「好き」という気持ちがありました。
金メダルを獲得した翌朝、午前6時
2000年9月24日。
高橋尚子さんは、シドニーオリンピックの女子マラソンに出場しました。
記録は2時間23分14秒。
当時のオリンピック新記録で、日本女子陸上史上初となる金メダルを獲得しました。
レースでは、ルーマニアのリディア・シモン選手と激しい首位争いを展開。
33km付近からスパートをかけ、最後は8秒差で勝利しました。
長年の努力が実を結んだ瞬間です。
しかし、今回注目したいのは、その翌朝の出来事です。
9月25日、高橋さんは小出義雄監督とともに記者会見に出席しました。
そこで、驚くようなエピソードを明かしています。
前夜、就寝したのは午前3時半。
それにもかかわらず、午前6時に目が覚め、走りたいと思って実際に走ったというのです。
そして、こう語りました。
「自分は走ることが好きだと実感しました。」
世界一になるという大きな目標を達成した翌朝。
金メダルのために走る必要は、もうありません。
それでも走りたくなった。
高橋さんにとって、走ることは、単に結果を出すための手段ではなかったのかもしれません。
厳しい練習が終わった後、さらに走っていた
では、高橋さんは、もともと厳しい練習も楽しめる人だったのでしょうか。
実は、そう単純な話ではありません。
高橋さんは現役時代の練習について、非常に厳しいものだったと振り返っています。
普段は1日40kmほど走り、土曜日には80km走ることもあったそうです。
想像するだけでも大変な練習量です。
しかし、高橋さんには、その練習が終わった後に楽しみにしていた時間がありました。
それが、「探検ラン」です。
決められた練習メニューを終えると、小出監督を誘い、さらに1時間ほどゆっくり走っていたといいます。
ただし、この時間は速く走るための練習ではありません。
知らない道を走ってみる。
きれいな景色を眺める。
花が咲いていれば、立ち止まる。
自分の好きなように、走ることそのものを楽しんでいたのです。
しかし、この「探検ラン」には、もう一つ大切な意味がありました。
高橋さんは後年のインタビューで、どんなに厳しい練習をした日でも、最後は楽しい気持ちで終えられるようにしていたと振り返っています。
苦しい練習を、苦しかったという記憶だけで終わらせない。
走り始めた頃の楽しさを、毎日思い出す。
それが、マラソンをずっと好きでいられた理由の一つだったと語っています。
高橋さんは、ただ走ることが好きだっただけではありません。
走ることを好きでい続けるために、自分から楽しむ時間もつくっていたのです。
世界一になっても変わらなかったもの
ここで、金メダルを獲得した翌朝の出来事に戻ってみます。
高橋さんは、オリンピックという大舞台で世界一になりました。
それは、競技人生における大きな目標の達成です。
ところが翌朝、目が覚めた高橋さんが思ったのは、また走りたいということでした。
私は、この行動と『探検ラン』には、一つの共通点があると感じました。
それは、記録や結果のためだけに走っていたわけではないということです。
厳しい練習には、競技者として真剣に取り組む。
一方で、走ることを楽しむ時間もつくる。
もちろん、好きなことでも苦しい瞬間はあります。
だからこそ、高橋さんは練習を「苦しかった」という記憶だけで終わらせず、楽しさを取り戻す時間も自分でつくっていたのではないでしょうか。
世界一になっても「走りたい」と思えた背景には、そんな日々の積み重ねがあったのかもしれません。
「好き」を失わないために、何ができるだろう
このエピソードは、スポーツ以外にも通じるところがあります。
例えば、好きで始めた仕事。
最初は、新しいことを覚えるだけでも楽しかった。
ところが、経験を重ねるにつれて、売上や目標、納期など、さまざまな責任が生まれてきます。
もちろん、仕事である以上、結果を求められるのは当然です。
しかし、結果ばかりを追いかけていると、最初に感じていた楽しさを忘れてしまうこともあります。
そんなとき、高橋さんの「探検ラン」は、一つのヒントになるかもしれません。
高橋さんは、厳しい練習をやめて楽しむことだけを選んだわけではありません。
必要な練習には取り組みながら、それとは別に、自分が楽しむための時間をつくっていました。
例えば、仕事でも同じようなことができないでしょうか。
数字や成果を気にせず、新しいアイデアを考えてみる。
普段とは違う方法を試してみる。
誰かに評価されるためではなく、自分が面白いと思うことに取り組んでみる。
それが直接、成果につながるとは限りません。
それでも、自分がその仕事を好きになった理由を思い出す時間にはなるかもしれません。
自分にとっての「探検ラン」を見つけてみませんか
2000年9月24日。
高橋尚子さんは、世界一になりました。
そして翌朝、再び走りました。
走りたいと思ったから走った。
その行動の後に語った言葉が、
「自分は走ることが好きだと実感しました。」
でした。
私たちは何かを始めるとき、目標を立てます。
そして、その目標を達成するために努力します。
しかし、目標を達成することばかりに意識が向くと、そもそもなぜ始めたのかを忘れてしまうことがあります。
高橋さんのエピソードから考えたいのは、好きなことなら何でも頑張れる、という話ではありません。
どんなに大変なときでも、自分が好きなことを楽しむ時間をつくる。
高橋さんにとって、それが「探検ラン」だったのでしょう。
もし、今取り組んでいることの中に、そんな時間がなくなっていたら。
自分なりの「探検ラン」を見つけてみるのもいいかもしれません。
以上
「一流の思考ラボ」編集長でした。
