「AIによって、人間の仕事が奪われる。」
生成AIが急速に広がるなか、そんな話を耳にする機会が増えました。
文章を書く。資料を作る。画像をつくる。データを分析する。
これまで人間が時間をかけていた仕事を、AIが数分、場合によっては数秒でこなせる場面も増えています。
では、これから人間の仕事はなくなっていくのでしょうか。
ところが、今の日本を見ると、少し不思議なことが起きています。
企業が苦しんでいる理由の一つは、
「仕事がないこと」ではなく、「働く人が足りないこと」
なのです。
AIによって仕事がなくなると言われる一方で、人が足りずに会社が倒産している。
この二つを一緒に考えてみると、AIのもう一つの可能性が見えてきます。
AIは、人間の仕事を「奪う」だけではなく、
これまでできなかった仕事を、できるようにする道具になるのではないか。
今回は、そんな視点からAIと仕事の未来を考えてみます。
人が足りず、会社が倒産している
帝国データバンクによると、2026年1〜7月に判明した人手不足倒産のうち、従業員や経営幹部などの退職が直接・間接的な要因となった「従業員退職型」の倒産は83件。
前年同期の74件から12.2%増加しました。
過去最多だった2025年の年間124件を上回る可能性もあるペースです。
中小企業では、一人の退職が会社に与える影響は決して小さくありません。
営業担当者が辞めれば、顧客との関係が弱くなる。
技術者が辞めれば、受けられる仕事が減る。
特定の業務を熟知した人が辞めれば、その仕事自体が止まってしまうこともあります。
そこで多くの会社は、
「辞めた人と同じような能力を持った人を採用しなければ」
と考えます。
しかし、人手不足の時代には、その人がなかなか見つかりません。
もし、ここにAIという選択肢を加えたらどうでしょうか。
「同じ人を探す」以外の選択肢
たとえば、ある仕事をするために10の能力が必要だったとします。
これまでは、その10を持っている人を採用するか、時間をかけて育てる必要がありました。
ところが、そのうちの「3」をAIが補えるようになれば、
残りの「7」しか持たない人でも、その仕事に挑戦できるかもしれません。
これは単なる「人員削減」とは違います。
今いる人が、
これまでできなかった仕事を、できるようになる。
そんな可能性です。
実際、それを考えるうえで興味深い研究があります。
AIがあると、「できなかった人」ができるようになる?
2026年に公表されたNBERの研究では、25〜45歳の1,174人に、実際の仕事に近い問題を解いてもらう実験が行われました。
参加者の一部は生成AIを使いながら問題を解き、もう一方はAIを使わず、自分の力だけで問題を解きました。
結果はどうなったのでしょうか。
AIを使えた人たちの方が、問題に対してより良い答えを出せたのです。
ここまでは、ある程度想像できる結果かもしれません。
興味深いのは、その先です。
AIを使わずに問題を解いたときには、教育歴によって結果に大きな差がありました。
ところが、AIを使えるようにすると、その差がおよそ4分の1まで縮まりました。
簡単にいえば、
もともと苦戦していた人ほど、AIによって大きく助けられた
ということです。
ここに、AIの重要な可能性があります。
AIは、仕事ができる人をさらに速くするだけではない。
これまで一人では難しかった仕事を、できるようにする。
そんな道具にもなり得るのです。
たとえば、文章を書くのが苦手な人が、AIと一緒なら報告書をまとめられる。
データ分析の経験が少ない人でも、AIに助けてもらいながら数字を読み解ける。
外国語が得意ではない人でも、海外の資料を調べられる。
もちろん、AIがあれば誰でも専門家になれるわけではありません。
それでも、
「その仕事ができる人を探す」だけでなく、「今いる人が、その仕事をできるようになる」
という選択肢は増えていきます。
Stanford Institute for Economic Policy Researchの研究でも、技術によって仕事の一部が簡単になれば、それまで必要な技能を十分に持っていなかった人でも、その仕事に参加できる可能性が示されています。
そう考えると、人手不足の会社にとってAIは、
「人の代わり」になるだけのものではありません。
今いる人が「できる仕事」を増やすための道具にもなるのです。
AIに任せることと、AIでできるようになることは違う
ただし、ここには大切な違いがあります。
AIに仕事を丸ごと任せることと、
AIを使って、自分のできることを増やすこと
は同じではありません。
たとえば、これまで3時間かかっていた資料作成をAIによって30分で終えられるようになったとします。
そこで、
「2時間30分、仕事をしなくてよくなった」
と考えることもできます。
一方で、
「2時間30分、今までできなかった仕事に使えるようになった」
とも考えられます。
顧客と話す。
現場を見る。
新しい企画を考える。
部下を育てる。
新しい商品を考える。
あるいは、これまで自分には難しかった仕事をAIと一緒にやってみる。
同じAIを使っていても、この違いは大きいと思います。
AIが生み出した余白を「仕事の削減」に使うのか。
それとも「人の能力の拡張」に使うのか。
会社にとっても、働く人にとっても、これから重要な分かれ道になるのではないでしょうか。
「AIを使う人」と「使わない人」だけではない
よく、
「これからはAIを使う人が、AIを使わない人に勝つ」
と言われます。
しかし、それだけでは少し足りないように思います。
AIを使っていても、出てきた答えをそのまま使うだけなら、自分自身のできることが増えているとは限りません。
大切なのは、
なぜ、この答えになったのか。
ほかの考え方はないのか。
この情報は本当に正しいのか。
自分の仕事なら、どう使えるのか。
と考えることです。
AIに考えることまで任せるのではなく、
AIによって、自分が考えられる範囲を広げる。
ここに、単に「AIを使っている人」と「AIで仕事ができるようになる人」の違いがあるのではないでしょうか。
AI時代ほど、人間が決めなければならない
AIが高度になればなるほど、「答えを出す」ことだけなら、人間より速い場面はさらに増えていくでしょう。
だからこそ、人間には別の仕事が残ります。
何を考えるべきかを決める。
どんな問いをAIに投げるかを考える。
出てきた答えを疑う。
誰のために仕事をするのかを考える。
そして最後に、自分で判断する。
AIは提案してくれます。
しかし、会社がどこへ向かうのかまでは決めてくれません。
何を大切にするのか。
どんな商品をつくるのか。
誰に喜んでもらいたいのか。
その判断までAIに預けてしまえば、その会社である意味、その人が仕事をする意味まで薄れてしまいます。
AIで「人を減らす」のか、「一人ひとりのできる仕事を増やす」のか
AIによって、なくなる仕事はあるでしょう。
それを無視する必要はありません。
しかし、日本では同時に「働く人が足りない」という問題も起きています。
だからこそ、AIの使い方を、
「何人減らせるか」だけで考えるのは、少しもったいない。
AIによって、一人の人ができる仕事を増やす。
経験の浅い人が、これまでより早く仕事を覚える。
専門知識が足りなかった人が、新しい仕事に挑戦する。
少人数でも、これまでできなかった仕事ができるようになる。
そんな使い方もあるはずです。
AIに仕事を奪われる未来を恐れるだけでは、何も変わりません。
そして、AIを使っているだけでも十分ではありません。
これから私たちが考えるべきなのは、
「AIに何ができるか」ではなく、
「AIで自分は何ができるようになるのか」。
人が足りない時代だからこそ、この問いは働く人だけでなく、企業にとっても重要になっていくのではないでしょうか。
以上
「一流の思考ラボ」編集長でした。
参考資料・出典
・帝国データバンク「『従業員退職型』の倒産動向(2026年1-7月)」
